ミミ言

思っていることをつぶやいていきます

裁判員制度

いつからなんでしょうね。人を殺すことが珍しくもなくなってきてしまったのは…。
誰でもよかった…なんて、もはやゲーム感覚ですね。しかも、最近では、人を殺したにもかかわらず、裁判になると必ず持ち出されるのが、精神鑑定。精神状態が不安定だったから、ちょっと殺してしまいました、で通用するのか?そんなことが認められたら、ストレス社会なんだもん、皆、殺されちゃうじゃない。

もうすぐ、裁判員制度が導入されるけど、実際こんなに事件が多くてはどうなの?って感じです。
国民のみなさんが刑事裁判に参加することにより、裁判が身近で分かりやすいものとなり、司法に対する国民のみなさんの信頼の向上につながることが期待されています…って、ワタクシには、鬼畜のようなお前らが起こした犯罪なんだから、お前達も処理するのを手伝えって言われているような気もする。
裁判員制度が導入されると聞いた時は、結構興味もあったし、裁判に参加できるんだぁって思ったけど、よくよく考えると、導入には複雑な心境ではある。
確かに、裁判って身近なものではないし、不透明っていうか、わかりにくい部分が多いと思う。この犯罪とあの犯罪と似てるのに、何故こんなに刑が違うの?何故、こんなにひどい事件なのに、刑が軽いの?って思うこともある。でも、それは担当の弁護士や裁判官に当たりはずれがあるんだろうな、って思ってた。

犯罪を犯す人も人だし、罪を裁く人も人なんですよね。人が人を裁くのって、難しいことだと思います。だから、法律ってものが存在するんだろうけど、被害者・加害者どちらにも言い分があり、どちらかにフォーカスするのではなく、公平でなければならないんだろうし、そういうのに慣れてないじゃないですか。例えば、ドラマなんかを見てて、いい奴と悪い奴が出てきたら、人間、自然といい奴側に好感を抱いてしまう…そんな人は裁判員として選ばれても支障はないんですかね。

導入の趣旨も概要も内容も、何か納得がいくものじゃないと思う裁判員制度
でも、最近よく思うのが、自分の身は自分で守らないといけない時代になってきたってこと。
病気になり、病院にかかるにしても、薬ですら自分で把握してないとなぁって思うこともある。
でも、それってどうなのかなぁ…。高齢化社会に突入し、格差社会となってるのに…。