ミミ言

思っていることをつぶやいていきます

翔ちゃんのドラマ

嵐のコンサート、名古屋、土曜・日曜でラストです。
オカンの友達んちの嫁が行くらしい、と聞いて…、ふ~ん、で?そんな情報いらねーよっ!
いいさ、いいさ、どーせDVD出るだろうから、楽しみに待ちますよ。

あ~…でも、嵐が名古屋にいるんだぁ~。フフフフ…。

さて、翔ちゃんも土曜・日曜とドラマで、ね。
ドラマ見ましたけど、阪神・淡路大震災から15年ですか。
でも、いまだに覚えてますよ。あの日の地震は。
ちょうど、目が覚めたか覚めてないか…みたいな、うつらうつらとした状態で、いきなり揺れ始めて、その揺れが縦揺れだったから、ホント揺れている間の恐ろしさっていったら…。
布団かぶって、ずっと早く止まりますように…ってお祈りしてたもん。
神戸で起こってる地震なのに、ホントに怖かった。
で、これはちょっとヤバいんじゃないの?とテレビで確認しても、まだ情報が全然流れてなくて、大したことなかったんかなぁ…と思ってたら、時間が経つにつれ、やっぱりすごい地震だったとわかり、あらためてコワイと思った。
遠く離れててそう思うんだから、被災地の方々は本当に怖かったと思います。
徐々にわかってくる状況に、戦禍を被ったかのような写真や映像が、まさに地獄絵図のようで、確か、お小遣いから募金もしたんじゃなかったかなぁ。

今回のドラマは、新聞記者の立場からの内容だったけど、ああいう状況下での報道のあり方って、確かに難しいでしょうね。忘れないために記録を残したい、という気持ちもわかるけど、実際に被害にあった人達が忘れるかなぁ。15年経とうが、50年経とうが、忘れないと思う。ただ、情報が届かない中、今、どういう状況なのか、ってことは一番知りたいから、どうなってるかっていう的確な情報は必要だと思うけどワイドショー的な伝達はいらない。
人物でない写真なら記録という意味もあるんだろうけど、ワタクシだったら、写真も映像も撮られたくないな。
まぁ…これだけ情報化社会になったと言われても、大惨事の中では、勿論、通信という手段がなくなったらどうすることもできないわけだし、少しでも情報は欲しい。大惨事でなくとも、ちょっと交通機関に支障が出ただけでも、どうして?いつ平常に戻るの?って情報を知りたいわけだし。ドラマの中でも、テレビのほうが早いけど、活字を見ると安心するって言ってた人がいたけれど、安心するっていうか、テレビの報道より固いわな。活字は重みがある。テレビ報道って新聞と違って、同じ情報でも流れていくから。でも、テレビで情報を入手する人が多いなら、もっとテレビ報道って考えるべきところは多々あると思う。
しかし、新聞を作るってことは、大変だよなぁ。月に1回か?休刊日はあるけど、ほぼ毎日朝刊・夕刊と発行しなきゃいけないわけだし。何もなくても大変だけど、あの大惨事の中で、ともなると本当に大変だったでしょうね。とにかく届けなきゃいけない、という記者の意地とプライドみたいなもの、感じました。

さて、今日は、カバチか。翔ちゃん…サンデージャポンにも番宣で出るらしいけど…名古屋から東京に戻ってまた名古屋ですか…?ご苦労様。ホント、忙しい人だなぁ~。