ミミ言

思っていることをつぶやいていきます

入院life7

脳梗塞の原因はわからないけど、多分、不摂生な生活と過度なストレスの蓄積が原因なんじゃないかと、自分では思う。

母親が亡くなってから、7年かな。家のこと仕事と全部、突然やらされるはめとなる。一番の原因は、大嫌いな父親の世話。昔から、父親っ子でもなく、母がいたから何とかやってこれたものの、そいつの世話をしなければならない、ということ。

仕事をしているから、昼ご飯も用意し、家のことを全部やらされる。母が全部やっていたので、お金すらATMでのおろし方を知らない。ご飯は作れない。おまけに好き嫌いはある。最悪だ。その状態をずっとストレスを矯めながら我慢して7年。こいつのせいで、生活スタイルは全く変わってしまった。なのに、こいつは上げ膳据え膳で、全く今までと生活スタイルは変わらない。本当に地獄だった。

そして今年。今まで以上に仕事でストレスを抱えることになる。信頼していた人の立て続けの異動。そして、入れ替わりで入ってくる奴が、嫌いで苦手な奴ばかり。1月から、仕事も超多忙になり、3月になり組織改編で自分も異動となった。これも本当に辛かった。私、薄っすらと覚えているのは、朝、目が覚めて起き上がれない状態となる前日、テレビでもよく出ていらっしゃる三木大運和尚の怪談説法が好きで、よくYou Tubuで視聴していたが、その前日は和尚さまの出演していた怪談番組の録画を見ていた。うちはもともと曹洞宗だったのだが、地方出身者の両親だし手を合わせる仏様の仏壇もなく、小さい頃から縁があって日蓮宗でお世話になっていた関係で、母の葬儀の際に、わけがわからないところよりは、馴染みがあるお寺で、とお願いをして、そこから親族の了解も得て、日蓮宗に変えたのである。たまたまだったが、だから三木大運和尚の怪談説法は、本当にボロボロになった私の救いだったのかもしれない。その事前に見ていたテレビ番組は、心霊番組だったのだが、それを見ながら寝てしまい、朝起きたら眩暈がグルグルだったのた。でも、もう一つ記憶にあるのは、テレビ見る前、多分、父親のことでイライラしてお風呂から出て、自分の部屋に戻った時に、口にタオルを噛ませて、アーーーッと叫んでいた。で、朝起きて、眩暈がひどかったので、まずメニエルを疑い、そして、テレビを見ると、心霊番組が流れてて、もしかして憑りつかれた?と思い、南無妙法蓮華経とつぶやいていた。このことは誰にも言っていないけど、それだけパニックの眩暈だったのである。

それ以外に、本当に腹が立ったのは、自分では何もできない、しようとしない父親に、

時間が経過すればするほど、吐き気とか頭痛とかひどくなり、真っすぐ歩けない、普通の風邪とは違うから、と言っているのに、寝ていればよくなるとか、月曜日に病院に乗せていってやるとか意味不明なことを言われ、今日のご飯はどうするだの、言われ、本当に、こいつ終わってるな、と思った。で、買い物も一人じゃいけないから、と車に乗せていくから、と後部座席でグッタリしている私を買い物まで連れていき、私は、カートに覆いかぶさるようにつかまり、買い物までさせられたのだ。私は、ずっと脳裏で、これは虐待だと思っていた。でも、本当に無理だと思い、家に帰ってから、最低限の荷物を持って、救急車を呼ぼうと決断。

そして、病院に行ったら、脳梗塞と診断され、即、入院となった。病院では、もう少し早く来てくれたら、と言われた。すべて、自分のことしか考えていない、あいつのせいである。

でも、入院が決まってから、私は、家のこと仕事のことからすっかり開放され、まるで寝不足だったのに、やっとグッスリと何の心配もなく眠れたみたいな感じで、何年ぶりだろう、自分の時間を取り戻せた、というか、実際の病気の治療と、ストレスを解く時間が始まったのである。

あの父親と一緒に生活しなくてもいい、ということは一番の薬だったんじゃないかと、思う。でも、この際、今まで言えなかった状況を、弟にも話した。弟は父親のことをすごく怒っていたが、言っておかないと、私、またいつ再発するかわからないから。

気を付けるに越したことはないけど、気を付けても再発する時はするし。

勿論、再発しないように、これからは無理しないように努力はするけど。

でも、こんなに苦労をしてきたのに、麻痺もなく無事だったのは、不幸中の幸いと受け止めるか、こんなに苦労してきたのに、まだ、楽になることを許されず、生かされている、ということは、修行が足りないのか、どっちなんだろうなぁ。